年間、対中国輸出2~300万ヤードの実績をあげていた英国も、黙って物流センターによる日本綿布の進出をみていたのではありません。
広幅の金巾木綿が弱くて中国人の需要に不向きであり、しかも価格においても中国木綿よりも高いという不評をうけ、ようやく中国向け輸出品の改良にのり出してきました。
ですから、まだ進出まもない日本綿布が英国金巾に対してどこまで迫ることができるか・・・。
日英綿業の対決というほど大げさなものではなかったにしても、日本綿布にとって将来を占うひとつの試金石でした。
その結果はどうであったのでしょうか。
明治22年における日本綿布の輸入は、萌縞木綿、2万8000ドル、染手拭、5万2000ドル、晒白地木綿・幅9寸物、3万8000ドル、同幅1尺2寸物、4万4000ドル、合計約16万2000ドル。
・・・比較的順調なスタートではありましたが、まだ大したことはなかったのです。
ところが明治23年夏になって日本木綿緬の輸入が増加しました。
そして外人の店にも日本人経営の雑貨店の店頭にも並べられるようになりました。